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試着室の向こう側
2019年10月01日 B.I
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
「なんか見透かされてる気がするな・・・」
自宅のソファーに座り、届いた一枚の郵便物を眺めていた。
メンズスーツ今なら半額!
いつもスーツを買っている某店舗からのクーポン券だった。
半額で利益が出るなら普段売っている値段の原価率ってどれくらい何だろうと変なことを考えてしまう。
これまでも自宅に定期的に送られてきたが、その度にクーポンを眺めては結局店舗に足を運んでいる。
決して安い買い物ではないが、たくさん持っていても困るものではないので、いずれ新しいものを買うなら安いうちに買っておこう、というまさに店舗によって仕掛けられたレールの上を素直に歩いてきた。
クーポン券片手にスーツがしまってあるクローゼットを開けた。
「数は足りてるよな、サイズもその時々の体型に合わせて買ってるから多少の誤差は仕方ないしな・・・」
再び手元のクーポンに目を落とした。
半額という文字がさっきより大きく見える気がする。
次の日、私は某店舗に足を踏み入れていた。
一直線にスーツ売り場へと向かい、気になるものを手に取り見ていると、
「いらっしゃいませ。お久しぶりです。」と声をかけられた。
顔を上げると、その人は顔なじみの男性店員Sさんだった。
Sさんとの最初の出会いは、私が社会人になるときにスーツをまとめ買いしたときの接客担当だったのがきっかけだ。
年齢はおそらく三十代前半、初めて会った時の印象は物腰が柔らかく、全体的にほがらかな印象だった。
当時はスーツにこれといったこだわりがなかったので、Sさんがお勧めしてくれたものの中から長く使える無難な黒のスーツをいくつか買った。
その時からSさんの接客スタイルとして確立していたのは、とにかく誉めてお客さんを乗せるというものだった。
試着をして、確認しては「お客様・・・先ほど着て頂いたのも相当お似合いでしたが、こちらも甲乙つけがたいくらい似合いますね。スラっとした体型をされているので、少し細めのスーツがいいかと思います。」
気にしていたやせ型の部分をプラスに変えるような表現にいい意味で乗せてもらい、ついつい気持ちよく買い物をしていた。
この状況がしばらく続くと、いろいろなタイプのスーツを試着したときにSさんはどういう誉め方のパターンがあるのだろうということをなぜか考えてしまうようになっていた。
そう思い始めてから最初に店舗に行く日が訪れた。
店舗には何人かの店員さんがいるがSさんとは不思議な縁があるのか、スーツ売り場に向かうと大概その近くにいることが多い。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです。」
お決まりのフレーズで挨拶を済ますと、さっそくスーツの話になった。
「今日はどういったスーツをお探しですか?」
「秋冬物で生地が厚めのもの、色は紺で少し柄が入ってるものを探そうかなと。」
「それでしたら・・・いくつか候補があるのですが、これなどいかがですか?」
割と近くにあったスーツを迷わず手に取った。
「紺もそんなに派手な色ではなくて、この柄は持ってないのでいいかもしれないですね。」
「実はこのスーツ僕が持っているものと同じものなんですけど、普段黒のスーツをよく着る方がたまに気分転換で紺色のスーツを着たりするときにすごく重宝すると思いますよ。」
何だろう、店員さんと同じと聞くと買いづらいな。
「そうですね。そうしたらこの候補も含めて一通り見させて頂いて何着か後で試着して決めようかと思います。」
「分かりました。また試着の時にはサイズ感とか裾の長さとか見させて頂けたらと思うので声をかけて下さい。」
その後、Sさんを呼び合計三着試着することだけを伝えた。
その三着とは自分が選んだ二着と最初にSさんが薦めてくれた一着だった。
実はこの時点で自分の選んだ二着の内、試着して良かった方を買うことにほぼ決めていたが、Sさんが自分自身で薦めたスーツをどう誉めるのか気になる自分がいたので、候補に入れることにした。
ここからがお楽しみタイムの始まりだ。
この三着をそれぞれどう誉めるのか、期待を膨らませながらまずは自分で選んだスーツの一着を試着した。
試着室のカーテンを開けると、開口一番
「はい、はい、はい、いいんじゃないんでしょうか。」
頷きながらサイズ感を確かめるようにじっとこちらを見ている。
上から目線の審査員か!
頭の中でとっさにつっこんでしまい、危うく笑いそうになった。
「サイズ感は問題なさそうですね。色やデザインもそんなに派手な感じではないので、最初におっしゃっていた要望の通り、場所を気にせず気軽に着れるスーツではないでしょうか。」
引き続き、自分で選んだ二着目を試着した。
試着室のカーテンを開けると、目を大きく見開き、
「おっ、おっ、さっきよりスラっとした印象ですね。ちょっと失礼します。おっ、サイズもピッタリじゃないですか。」
新種の魚を見つけたときのさかなクンか!
「こちらもサイズ感は問題なさそうですね。さきほどの一着目よりは紺が映えている印象ですけど、これでもまだ黒に近い紺なので、せっかく違う色のスーツを買うのであれば全然ありだと思います。」
そして、最初にSさんに薦められた三着目を試着する番となった。
これはおそらくべた褒めパターンかな。
自分が持っているだけにいいポイントを知っているからな。
さあどうなることか。
試着室のカーテンを開けると、開口一番
「なるほど・・・これも悪くはないですが、前の二つと比較すると無難にまとめすぎかもしれないですね。サイズ的にも少しゆとりがあるものになるので、スマートに見せたいという方は前の二つの方が良いような気がします。」
違う、違う!冷静に分析して遠回しに否定してるけど、これあなたが最初に薦めてきたものですよ。なおかつあなたが持っているスーツですよ。とは言えず、
「確かにそう言われればそんな気もしてきました・・・」
予想と違う展開にあっけにとられた。
Sさんが仮に気づかずに話しているとして、
「これ実は最初にSさんが薦めてくれたものなんですけど・・・」
と言ってしまうと、なんか恥をかかしてしまうような気がして冗談でも言えなかった。
結局、二つ目に試着したものを購入したが、この時以来店舗でSさんを見かけることがなくなっていた。
そして今日、久しぶりに店舗を訪れた私の前に姿を見せたのがあのSさんだった。
驚いたことに長かった髪を短く刈り上げ、ワックスできっちりと決めていた。
あまりの印象の違いに触れずにはいられず、
「なんか印象変わりましたね。」と聞くと、
「実は結婚することになりまして、身だしなみも含め心機一転頑張らないといけないので、自分なりに気合を入れたというと大げさかもしれないですけど。」
「へー、おめでとうございます。僕が結構驚いたので、同じ職場の人はもっとびっくりされたんじゃないですか?」
「そうなんですよ。このタイミングで髪型をがらっと変えたので奥さんに無理やり短くさせられたんじゃないかと心配する声が上がったくらいですから。」
「なんか、すいません。スーツを買いに来たのにこんな話をしてしまって。」
「いいんですよ。むしろ、何事もなかったかのようにスルーされるとそちらの方が対応に困ってしまうので。スーツ選びお手伝いさせて頂きますよ。」
私の知っているSさんのほがらかな印象はどうやらどこかへ行ってしまったようだ。
となると、気になるのはやはり試着室の向こう側だ。
試着室に入るまでの会話で予想しようとするが、これといった片鱗は見せず、淡々とスーツの説明をこなしている印象だ。
そうこう考えながらスーツを選んでいると、色とデザインだけでお気に入りの一着が決まってしまった。
あとはいつも通り試着をして誉めてもらい、気持ちよく買って帰ろうと思った。
試着室に入り、着替えを済ませ誉められる心の準備をした。
勢いよくカーテンを開け、「どうでしょう?」と尋ねると、
さっと全体を見回し、「はい、問題なさそうですね。最後に裾の長さだけ合わせておきますね。」といって黙々と作業を始めた。
違う、違う。何このあっさり感。
誉められないことに違和感を感じ、なんとか褒められようと我慢できず
「着た感じはすごく良いんですけど、見た感じの違和感とかなさそうですか?」
と聞いてしまった。
下を向き、裾の長さを合わせながら「全然問題ないですよ」その一言だけだった。
あまりの物足りなさにこういったあっさりを積み重ねていけば満足感が出るのではという曲がった考えが脳裏をよぎったが、さすがに恥ずかしくてそれは出来なかった。
人生において何か大きな転機が訪れると、人って変わってしまうものなのかな。
買ったスーツを手にそんなことを考えながら岐路に着いた。
原価いくらって気になりますよね~・・・w この数年『定価』でものを買うことが馬鹿らしくなってきたので、欲しいものは”より安く”なおかつ”送料無料”のものをネットショップで探す能力が無駄に長けてきた私ですw 服なんかもほぼネットで買うので試着はしません。(たまーに現物見てからネットで安く買ったりしますが)100%お直し必須な体型なので、流石にスーツなどきっちりしたサイズ感のものなら試着する気にもなりますが、なにせ店員さんとのやりとりが苦手で・・・(^_^;)(私みたいなタイプの方多いですよねぇ??)最近は商品を手にとって見ていても放置してくれる店舗も増えてきて試着もしやすくなりました。ただ、『行きつけのお店』みたいなものに憧れる気持ちもどこかにあったりして・・w 自分よりも自分のことを理解してくれて、似合う色やスタイルなど的確なアドバイスをくれるパーソナルスタイリストみたいな人が居たらいいな~♪なーんて思う今日この頃…w
投稿者プロフィール

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新メンバーで業務部の「B・I」こと大島知弥。月初のブログ当番。彼が書く文章は実話に基づきながらもどこか小説風。しゃちょーから月初当番を任されるのには頷けます。資格試験の猛勉強も継続中!
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